“Sing with 〇〇”一緒に楽しむから生まれる力 ─human note代表・寺尾さんと考えた、音楽の力の話─(金原美蕾)

私がシンガーズグループ「human note」と出会ったのは小学校6年生の頃だ。当時、私は神戸市立高羽小学校の6年生で、臼井真先生が指揮者を務めておられた「しあわせを運ぶ合唱団」に所属していた。その活動の中で、human noteが開催する「1.17震災祈念コンサート」に出演させていただいたのだ。
その時のhuman noteの演奏は今でもよく覚えている。たくさんのシンガーの方々が、このコンサートで歌うために集まり、練習をし、一つの舞台を作り上げておられた。リーダーを務める寺尾仁志さんが舞台で話されていたお話や、シンガーの方々のキラキラされていた姿が印象的だった。私だけでなく、コンサートを見に来ていた私の母も感動していた。コンサートからしばらく経った後も、寺尾さんたちが歌っておられた曲を時折口ずさんでいたことを憶えている。
音楽の力で、どんなことができるだろう。human noteはどんな活動をしてきたのだろう。そんな疑問を胸に、寺尾さんにお話を伺った。
「頑張れって言う方が実は元気がわいてくる」
―寺尾さんが音楽を活動の軸にした理由―
寺尾さんが率いるhuman noteは、「歌」や「合唱」を通してたくさんの方々に力を与え、震災の記憶を次世代に伝えたり、支援を募ったりするコンサートを開催されている。ではなぜ寺尾さんは活動の軸に音楽を選んだのだろうか。まずはその疑問を投げかけてみた。

(写真左)金原(写真右)寺尾さん
「以前、ゴスペル教室の先生をしていたことがあって。そこに参加してくれていた普通の主婦の方たちが、一緒に歌ってステージを共にしていく中で、どんどん顔が変わっていったんです。仲間と音楽作って、誰かを励ます活動の中で顔が変わってくる。やっぱ歌の力ってすごいなと、その時ふわっと思ったんですね。この歌の力と、自分が培ってきたそのスキルを合わせた時に、社会にとってとても意味のあることができるんじゃないかな、って。そう思って2007年に作ったのが『human note』っていうグループです。
共に歌うだけじゃなくて、次は歌を通して誰かを励ます側に回る。僕は人から『頑張れ』って言われるよりも、誰かに『頑張れ』って言う方が元気をもらえると思っているんですよ。ゴスペル教室での話も同じで、誰か励まそうぜっていう活動をした時に、人の顔ってほんまに変わっていくんやなと確信したんですね。それなら被災された方々がステージ立って一緒に音楽を楽しみながら同じ痛みを経験した方に『頑張れ』を伝えるコンサートができないかな、と思って。それで2010年にスタートしたのが『阪神・淡路大震災祈念コンサート』です」。
寺尾さんのお話を聞いて、思い出したことがある。震災とは全く関連のない話ではあるが、私は14歳の時に母と死別した。私の人生史上最悪の事件だった。その時周囲がとても気を遣ってくれたのはとてもありがたかったが、一方で、その気遣いが苦しいとも感じていた。しかし部活の仲間は当たり前のように、以前と同じように迎え入れてくれて、何も変わらず一緒に楽しく合唱ができた。私はこのことにずいぶん救われたのだ。だからこそ、寺尾さんが話す「頑張れって言う方が実は元気がわいてくる」という言葉にとても共感した。
「文化が違っていても、人種が違っていても」
―音楽を通した国際交流について―
寺尾さんは震災祈念コンサートだけではなく、世界各地で活動しておられる。2009年からはアフリカのケニアで音楽交流活動をされており、最近では「環境フェス」を計画しているそうだ。その活動についても詳しく伺った。
「アフリカのケニアでは、毎日朝起きて20リットルのお水を汲みにいって、そのお水で1日生活しているような地域があるんですね。そういった方々と一緒に歌って、日本の学校の子供たちにもケニアのことを伝えていくっていう活動をやっています。その活動が2009年から始まって、来年2026年からはケニアで『環境フェス』っていうのを始めるんです。日本とケニア、文化も人種も違う方々と、一緒になって環境問題考えようぜっていうコンサートをするんです。『文化が違っていても、人種が違っていても、やっぱり人って繋がっていけるんだ!歌ってすげえ!音楽ってそんだけ力があるんだ!』ってことを、表現していきたいんですよね」。
大学の授業で見たヒュー・エヴァンス氏のスピーチのビデオで、「音楽は世界共通語だ」という話があった。寺尾さんのお話はまさしくこのことだ。私はこのお話に感銘を受けた。私自身、国際交流分野に強く関心を持っており、将来は国際社会に貢献する職に就きたいと考えている。2026年にはラオス人民民主共和国で5か月間ボランティアとして、日本とラオスの文化交流事業に携わる予定だ。ただ、心のどこかで「文化交流に何の意味があるのだろう」「開発途上国への協力なら、もっと命に直結することに投資すべきではないか」と悶々としている部分があった。しかし、寺尾さんのお話を聞いて、交流を通して繋がること自体に大きな意義があると気づくことができた。
ケニアにしろ、ラオスにしろ、私たちとは全く異なる文化を持つ国である。日本で暮らしていれば、一般的にはあまり関わることのない国だろう。その国の方々と繋がって、仲良くなることは、まわりまわって、世界の平和に繋がるのではないかと思った。かなり大げさな言い方かもしれないが、寺尾さんのご活動のように共に良い環境を考え、文化や人種を超えて友好関係を築くことは、より良い社会に繋がっていくのだと思う。寺尾さんのお話を通して、このように考え、自分が携わる予定の活動についてより誇りを感じることができるようになった。
このことを寺尾さんにお伝えすると、私の将来について、「自分がほんまにおもろいと思えることじゃないと継続できない」というアドバイスを頂いた。確かにその通りだと思う。以前、同じ分野で学ぶ大学の先輩から「自己犠牲の支援は長続きしない」と言われたことがある。寺尾さんのお話を聞いて、先輩の言葉の意味を実感できた。寺尾さん自身も「自分たちのわくわくが、いろんな環境の方々の喜びに繋がればいい」という気持ちで活動をされているのだそうだ。だからこそ、長い期間にわたって、たくさんの人を巻き込むことができているのだろう。
私には「国際協力に携わりたい」という漠然とした夢がある。しかしまだそれだけで、具体的に何をしたらいいのかは分かっていない。寺尾さんが助言してくださったように、「自分がわくわくできる」ことを軸に、進むべき道を探していこうと思った。
「ちょっとでも世界が楽しくなったら。音楽だって『たかが文化、されど文化』」
―寺尾さんの原動力とは―
ケニアでの活動について伺っている時、私自身も国際協力に関心があると話したところ、寺尾さんにそれは何故かと聞かれた。いろいろな理由があるが、私の心を大きく占めているのは、死別した母の存在である。
母はボランティア活動や募金活動に熱心だった。そんな母を見ていたからこそ、私にも少しでも社会貢献ができないかと思ったのである。「娘である私が、母の影響で社会貢献に携わった」。そのことが、若くして亡くなった母の人生にも意味があったのだ、と言えることに繋がらないだろうかと考えている。私は、母に喜んでもらいたくて、「国際協力」という大きなことに携わろうとしているのかもしれない。そのようなことをお話しすると、寺尾さんは共感してくださった。寺尾さんの中でも、亡くなられたお父さんやおばあさんの存在は大きいそうだ。
「僕もこうやっていろいろ活動しているけど、そのきっかけには父のためとか、おばあちゃんのためとか、もちろん自分のエゴもありました。でも、自分のエゴや虚栄心が全部一周二周回って、『ああ、自分はこんなことをやったら一番わくわくするんや』ってことに気づけた時には、凄く強くなれたんです。
なんやろうな。やっぱり最終的には、僕の原動力は親孝行なのかもしれないですね。何にもしてこなかったんで。自分の人生を価値あるものにしたいなあっていう思いがあるのかもしれません」。
2007年にhuman noteを設立されて以来、精力的に活動してこられた寺尾さんの活動の原動力にも、私と似たような思いがある。自分と近い考えを持ち、社会や人のための活動に長く携わってこられた方に初めて出会って、心強く感じた。私もこの夢を通して「自分が一番わくわくすること」を見つけたい。
「百年後に僕らがやってることで、ちょっとでも世界が、楽しくなってたらいいっていうのは、もうこれはもう夢ではなくて、ロマンの世界です。そんなことを考えながら活動しています。誰だって表現者になれるようにすることで、ちょっとでも人が歌や音楽を通じて、幸せな気持ちを感じてもらえるような仕組みをつくたら……。そんなことができれば、音楽だって『たかが文化、されど文化』なのかなって思うんですよね」。
自分がわくわくする「音楽」を通して社会を良くする、人の幸せを作る、というのはとても素晴らしいご活動、お仕事だと感動した。とても憧れを抱いた。私は自分の将来について、明確な道筋を立てられていない。国際協力に携わりたいけれど、何をすればいいのか、自分に何ができるのか、悩みが尽きない。しかし将来的には、寺尾さんのように「自分がわくわくすることで、社会を良くする人」になりたいなと心から思った。


「シング・ウィズ・〇〇」
―大切なのは「音楽を一緒に楽しむ」ということ―
私は今まで被災した経験がない。阪神淡路大震災をはじめ、「震災」というものの被害は想像を絶するところもある。「震災」に関連したコンサートを行うとなれば、気を付けなければならないセンシティブな問題もあるのではないだろうか。そのような中、寺尾さんが活動において大切にしていることは何か、お聞きした。
「難しい質問ですね。コンサートはお客さまにお金もらって観に来ていただくので、エンターテインメントなわけですね。ショーですから、来てもらった方に楽しんでもらうことが目的なんです。でも、「震災祈念」というテーマに引っ張られすぎると、すごい堅くて重たいコンサートになっちゃいがちなんですよ。お客さまには、希望とか、感動とか、わくわくとか、そういったものを持って帰っていただきたい。それをどう提供するか、どう喜んでいただくかっていうことは、ステージ作る人間として一番考えています。震災祈念コンサートに限らず、活動自体を考える時に一番大事にしていることって、やっぱり自分も含めてわくわくすることですかね。
『支援』という形になると、僕の中ではちょっと違和感が生まれるんですよ。やってあげてる、施してあげてる、じゃなくて、こちらが“させてもらっている”。『すんません、こちらも楽しんでいるので、一緒に歌って楽しんでもらっていいですか?』っていうような感覚です。そうでないと、続かないと思うんですよね」。
寺尾さんが繰り返し強調されていたのは、自分たちがわくわくして、楽しんで、お客さまにもわくわくして楽しんでもらうということだった。「支援」ではない、ただ一緒に楽しむことが、寺尾さんの活動の原動力であり、大切にされていることなのだ。
「阪神・淡路大震災の祈念コンサートは、2025年の1月12日を最後に一旦区切りをつけたんですね。これまで15年続けてきた震災祈念コンサートは、本当にいろんな学びがありました。その学びを、次は能登で活かしたいと思い、『シング・ウィズ・ノト』というコンサートを立ち上げたんです。
今、世界では戦争が続いている地域があります。そういった地域は、戦後には被災地となるわけです。この『シング・ウィズ・ノト』も、今後ひょっとしたら『シング・ウィズ・〇〇』という形で、世界の被災された方々と歌う機会が生まれていくかもしれません。そうして歌った模様を、別の地域の学校の生徒さんたちと一緒に見て、被災地のことを考える。そんなコンサートを、今年から始めたんです。被災された方々と一緒になって歌う。だから『シング・ウィズ』。『シング・フォー』ではないんです。『シング・ウィズ・ノト』なんですよ」。
「支援」する側ではなく、「一緒に楽しむ」という在り方は自分の中で腑に落ちるものがあった。前述のように私は社会貢献やボランティアに関心があるが、「支援活動」というと上から目線で、なんか嫌だなと感じていた。寺尾さんのお話にあったように、私も自分の活動の中で相手からたくさん頂いたものがあるはずだ。これから「一緒に楽しませてもらう」という感覚を大切にしていきたい。この感覚は、人との繋がりをより濃く、そして広くしてくれるはずだ。
人と人との関係性の中で作る音楽
―寺尾さんが考える「音楽の力」―
最後に、寺尾さん自身は「音楽の力」とはどのようなものだと感じているのか、質問した。
「僕は10歳の時にある音楽を聴いて、本当に体に電流が流れたような感覚を覚えたんです。それからはとにかく、勉強もせずに音楽ばっかりずっと聴いていました。今までに聴いてきた膨大な量の音楽は、僕の財産になっています。音楽は人を元気にさせるし、合唱という形で音楽を奏でたり、みんなで音楽を作ったりすると、やっぱりものすごいエネルギーが回っていく。歌の力、音楽の力って、まだまだいろんなことができるんじゃないかなと思います。
ただ、みんなで作るにしても「楽しく歌わせて」とか「寺尾リーダーが全部やってくれるからそこに乗っかるだけでいいや」とか、意識の違いがあるわけです。でも、ステージに立ってお客さまを楽しませる側に立つなら、楽しませるために自分で努力した方が絶対に価値があるし、楽しいよって思うんです。なかなかみんなスイッチ入んないですけど、入ったら、面白いことに、人ってすごい変わっていくんです。それが面白いなあと思いますね。
自分が変わっていく中で、人との繋がり方も変わっていきます。例えば、今は10メートルの距離にいた人が、10年経ったら5メートルに近付いているかもしれないし、反対に30メートル向こうに離れているかもしれない。時に人って離れていくこともあるし、それはすごいしんどいけど、それもまた自分の成長に繋がっていくという。仕事でもなんでもそうですけど、そういうのが楽しいなと思います。そうやって作っていく音楽やから面白いんです。人と人との関係性の中で作る音楽。それが力になっていくんだと思います」。
音楽を通して人が繋がって、その繋がりを通して人は成長していく。これはとても大きな力だと思う。私自身、合唱を続けてきて、一人の人間として大きく成長できたと感じている。嬉しいことと同じくらい、辛いこともたくさんあった。そんな中、共に歌った中学校と高校の仲間の存在は、私の一生の財産だ。また、音楽を通して寺尾さんに再会し、今回お話を伺うことができた。こうして音楽が繋いでくれる縁をこれからも大切にしていきたい。
寺尾さんのお話を通して、自分が大切にしている音楽の力や、「支援」ではない活動の在り方に気づくことができた。音楽を「誰かのため」でなく、「共に楽しむための手段」として捉える寺尾さんの姿勢が印象的だった。
阪神・淡路大震災をはじめ、日本で頻発する自然災害で被災された方の心に寄り添い、記憶や想いを継承してきた音楽。私もその力を信じ、合唱を続けていきたい。阪神・淡路大震災後の神戸で生まれ育った者として、音楽を通して人と人とを繋ぎ、一緒に「わくわく」してもらえるような歌を届けていきたいと思う。



