防災系男子の憂鬱(岡田敏和)

remember117

今、僕は25歳。神戸で大学生をしている。
24年前の 阪神・淡路大震災の頃は生後数ヶ月。当然、震災の記憶は全く無い。
5歳からずっと神戸で育ってきたが、物心ついた時には既に街も綺麗だったし、当時の状況など想像もつかなかった。
学校では毎年同じことを繰り返す防災訓練、なぜかいつも教室にいるときに始まるし、訓練って言ってもあまりにも現実味がなく、災害というものが本当に起こりうるものだとは思えなかった。

僕の「防災」はアナウンサーの絶叫から始まった。
僕が災害というものを強く意識したのは2011年3月11日、東日本大震災の時。
高校1年生だった僕は、学校帰りに友達と寄り道しながら帰宅。
夕方だったと思う。夕食まで時間をつぶそうと、まずテレビをつける。
すると部屋に、アナウンサーの絶叫が響いた。
「決して立ち止まったり、引き返したりしないこと!」
あまりに突然すぎて、思考が止まった。

各地で起こる津波、火災、避難所のことが次々と報道され、今まで自分の中で学んできた過去の震災のことではなく、今まさに災害が起こっているんだと実感した。

それから先のことは覚えているようで、あまりはっきりとは思い出せない。

命がけの状況で僕らは本当に助け合えるんだろうか。
東日本大震災から防災ということに興味を持ち出した僕は、常に防災グッズを持ち歩き、家には食料からテントまで備蓄を用意している。
水は500mlペットボトルが常に200本、カンパンやアルファ米も。

でも、僕の周りではあまり備蓄をしている人が多くない。

なぜ、僕はこんなに備蓄をしているんだろう。
家にたくさん備蓄をしていても、外で被災したら?
避難所には水や食料があるんじゃないの?
でも足りなかったらどうなるんだろう?
均等に分け合う?それとも先着順?みんなはちゃんと並ぶの?
持ち歩いている防災グッズも、いざという時使いこなせるんだろうか?


僕は、生き残れる?

今まで、人一倍、防災のことを考えてきたつもりだったけど、自分が被災したときのことを想像してみると疑問ばかりが浮かんでくる。
そういった疑問と向き合ってみて、これから記事という形で残していきたいと思う。

▶︎次の記事 「防災備蓄を持って、水族館で2泊3日過ごしてみた。」(岡田敏和)